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街角スケッチ

街角スケッチ
画・街角絵夢

日ごとに日差しが強くなり、行楽・お散歩にと絶好の季節となりました。
今回はそんな季節にぴったりの街角スケッチをご提案いたします

長年暮らしている町でも、好奇心をもって歩いてみると新しい発見があります。
いつもの公園も夕日をバックに見たら映画のワンシーンのようだったり、アスファルトから顔を出している野草に感動したり、線路脇の草花に移ろう季節を感じたり、祠の中に小さなお地蔵さまを見つけたり…いつもと違う視線で町を歩けばそこに思わぬ感動があり、変わり行く町並みに残しておきたい風景があります。
そんな町を絵にしてみませんか?眠っていたあなたの絵心を呼び覚ましてくれるかもしれません。

まずはチャレンジ!町中で絵を描くのはちょっと…と言う方も、デジカメで撮って家で描けば気軽に街角スケッチが始められます。
ちょっとした用具があれば始められ、そして意外と奥の深いものです。
水彩画・油絵・墨絵・パステル・色鉛筆・版画…。

街角スケッチをする人たち

ウォーキングにスケッチング、季節を肌で感じ感性を磨き、ダイエット効果も期待できるかも!?
親しいお友達と誘い合っての町角スケッチが終わったら、近くの喫茶店でコーヒーでも飲みながらスケッチ談義に花を咲かせたり…と、楽しみ方はいろいろです。

それぞれ思い思いの方法でお気に入りの風景を切り取って、我が町作品集を作ってみませんか?

(ブログに掲載するにあたって、一部文章を変更しました。)

(執筆:む)

【2009.05.26 Tuesday 15:44】 author : 丹青堂スタッフ
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井上美紀日本画教室の開講のご案内

創画会所属の日本画家・井上美紀先生の日本画教室が、今年2009年1月から近鉄文化サロン阿倍野にて開講となります。

創画会会友(執筆時)であり京都日本画家協会会員でもある井上美紀先生は、花の絵を特に得意とし、また、明るく親しみやすい人柄でも知られています。
スケッチを大切にする女史の手になる花は丁寧かつ緻密で、手折れば中から青い汁が滴り落ちてきそうな生命力に溢れています。
日本画の経験がある方のみならず、これから日本画を始めてみたいという方も、井上美紀先生に師事されてみてはいかがでしょうか?

開講日
毎月第2・第4木曜日
開講時間
13:30〜16:30

詳細は、近鉄文化サロン阿倍野までお問い合わせください。

(執筆:む)

【2009.01.16 Friday 10:29】 author : 丹青堂スタッフ
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もう一つの朱

朱

長岳寺で紅葉を愛で、重要文化財の庫裏(くり)でそうめん(にゅうめん)を味わってからJR奈良駅に戻りました。
そこからてくてくと歩いて墨の老舗製造会社の古梅園を斜に見ながら向かったのは「ならまち」と呼ばれる界隈です。
本当は杉岡華邨書道美術館にも寄りたかったのですが、午後4時を既に過ぎていたので今回は諦めて先を急ぎます。

特融寺の参道

と言いつつも、途中に小さなお寺があったので、ふらふらと立ち寄ってしまいました。
特融寺というこのお寺の参道らしき所だけ入ってみましたが、静かなならまちの中でもいっそう静かな佇まいで観光客の姿もなく、わずかな黄葉がありました。
ひっそりと花も咲く特融寺は、このようなお寺です。

特融寺の案内板

当寺はもと南都七大寺の一、元興寺の境内にあり、観音堂とも別時念仏の道場であったとも伝えている。室町時代、元興寺が土一揆で罹災したため本尊を現在地へ移し、天正十八年(一五九〇)融通念仏の檀家寺院として復活した。

本堂は寛文七年(一六六七。県文)休岸上人の再建。木造阿弥陀如来立像を祀る。頼朝公の妻北条政子念仏であったという。
境内には毘沙門堂(寛永九年。市文)観音堂、地蔵堂、方丈、庫裏(慶長十六年。もと本堂)鐘楼等、時代別の堂宇が軒をつらね、観音堂本尊は平安初期作子安観音立像である。大和北部八十八ヶ所四番札所で「願ひをばかけてぞむすぶ結肌帯たはやすくしも解かせ給ひぬ」の詠歌がある。幕末の頃、観音の子育て信仰にあやかって寺子屋が開かれ、明治五年の学制「魁化舎第三番小学」と改まり、のち西木辻八軒町に移って現在の奈良市立済美小学校に至っている。

当寺は平城京の外京、六坊大路にあたり、藤原不比等の孫、右大臣横佩豊成の宅跡とされる。折口信夫の小説「死者の書」で知られた豊成の娘中将姫は当地で育ち、少女時代継母にいじめられた。「虚空塚」「雪責松」など受難のあとが随所に残されている。

観音堂裏に父子の石塔(鎌倉時代)がある。戦国の世、梟勇松永弾正久秀が多聞城の石垣を築くため、近郊の石塔を徴発した。右の石塔にも徴発の手が及んだので、当寺の一代で連歌師の心前上人が「曳残す花や秋咲く石の竹」と詠み、危うく難を逃れたという。

什物に奈良時代の木心乾漆仏断像はじめ貞亨元(甲子)年当麻曼荼羅、狩野永梢・勝山琢眼筆花鳥山水襖絵五十面等があり、断像は仏像の内部構造を知る上で貴重な資料となっている。

なお、融通念仏宗とは平安時代の僧、良忍上人の創唱で、自他の念仏が融通して、一遍の念仏にも億百万遍の功徳が籠ると説く教え。俗に「大念仏」といい、河内大和を中心として畿内に広がっている。

特融寺に咲く花

特融寺の黄葉

特融寺を出て、さらに南に歩き続けます。
辺りは暗くなり始め、気温もだいぶ寒くなってきました。
しばらく歩くと、右上に目的地の目印を発見。

木下照僊堂の目印

目印の右側に「朱」、左側に「木下照僊堂」の文字。
ここは、おそらく日本で唯一の印泥(朱肉)を製造する木下照僊堂です。
印泥のほか篆刻用の朱墨も造っているこちらには、「朱」つながりで伺いたいと思い立ったのです。

木下照僊堂のショーウィンドウ

ショーウィンドウに飾られた鮮烈な朱に魅せられて写真を撮っていると、すぐ横に近寄ってきた少年から「何してるの?」と声を掛けられました。
「綺麗だから写真に撮っているんだよ」と答えると、「キレイでしょ」となにやら誇らしげに言葉が返ってきました。
聞くと、この木下照僊堂の身内の少年だそうで、扉を開けて中に入っていきました。
こちらも遅れて中に入ってみると、たくさんの種類の印泥や朱墨がありました。

木下照僊堂の中に置いてある朱の数々

当主の木下勝章氏はとても気さくな方で、いろいろな質問にも気軽に答えてくれました。
食べ物など最近の中国製品への不信感からか、木下照僊堂の印泥は今まで以上に評価されてきているそうですが、なにしろ使う量がどうしても少ないので苦労も多いそうです。
こちらでは朱のほかに糊も製造しているのですが、これについて質問すると元々が膠屋(膠は日本画の絵具を定着させる接着剤で、墨造りにも使用される)であったのと、朱だけでは大変だから、とのことでした。

木下照僊堂のさまざまな朱

朱とは全く関係ないところですが、こちらの当主はパソコンが一般的になる以前からパソコンをいじっていたそうで、DOSがどうのと、意外なところで話しが弾みました。
また、サイエンス チャンネルというスカパーの番組でも取り上げられ、それがインターネットで見られることも教えてもらいました。
これはサイエンス チャンネルのホームページで、番組検索を朱色・朱墨として検索すると無料で見られますので、興味がおありの方はご覧になってみてはいかがでしょうか。

朱墨の数々

だいぶ遅い時間にお邪魔しましたのでご迷惑をお掛けしましたが、朱墨はだいたい2月頃に製造するそうなので、その頃に改めて見学をさせてもらえることになりました。
当主が伝統的な朱墨について「残したい」と語るさまに、なにか力強さのようなものを感じました。
本当に、末永く残ってほしいと思わずにはいられません。

木下照僊堂の看板と暖簾

朱は古来よりめでたい色として使用されてきました。
朱色で描かれた竹の絵は「朱竹図」と呼ばれ、吉祥画(おめでたい内容の絵)の伝統的な題材となっています。
初詣に行かれた際には、朱塗りの鳥居にも目を留めてみてはいかがでしょうか。

2008年のブログ「丹青人語」は今回で終了です。
閲覧していただき、誠にありがとうございました。
また来年も、宜しくお願いいたします。

それでは皆様、よいお年をお迎えくださいませ。

(執筆:む)

【2008.12.26 Friday 11:00】 author : 丹青堂スタッフ
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長岳寺の庫裏

長岳寺の庫裏

長岳寺の紅葉をたっぷり堪能した後は、受付のすぐ隣にある庫裏(くり)に向かいました。
実はこの長岳寺、紅葉・仏像だけではなく、大和名物の三輪手延べひねそうめんを味わうことができるのです。
たっぷり歩いたうえに時刻も3時頃になっていたので、受付で食券を購入して庫裏前の門をくぐりました。

長岳寺の庫裏についての高札

広くはありませんが美しい庭園には庫裏についての高札があり、説明文が書かれていました。

国重要文化財 旧地蔵院(寛永七年)
国重要文化財 旧地蔵院持仏堂(寛永八年)

長岳寺四十八ヶ坊の塔頭(子院)の内、唯一残った塔頭で江戸時代初期に再建されたものである。内部は書院造りとなっており、屋根は杉皮を用いた大和葺きであるが玄関及び持仏堂の屋根は檜皮葺きである。美しい庭園が付属している。

庫裏にあった笠や甕

庫裏の中に入ると、左の壁に笠と鬼か何かの面のような焼き物が掛かっており、床には「形ある物必ず壊れる」とでも言いたげに口の壊れた甕が置かれていました。
弱い光を灯す明かりだけが照らす室内は薄暗く、紅葉の華やかな彩りとは対照的に落ち着きのあるものです。

庫裏を照らす明かり

入り口とは反対方向からも外に出られ、その先にある小さな建物がどうやら調理場のようだったので、そちらに食券を持って行きました。
鍋から湯気が噴き出している建物の中には年配の女性がいて、洗い物をしているところへ食券を渡しました。
庫裏内に戻り席に座るとすぐ熱いお茶を持ってきてくれたので、ひとまずそれをすすりながら辺りを見回し、にゅうめん(冷やしそうめんは5月から9月頃)を待ちます。

庫裏の中

最近ではなかなか目にすることもなくなった竈(かまど)が幾つも並んでいましたが、実際に使われているのでしょうか?
もしかしたら、この長岳寺で起居するお坊さんが調理に使っているのかもしれません。
本当に立派な竈でした。

長岳寺のにゅうめん

そんなことを考えているうちに、にゅうめんと沢庵、山菜の水煮が運ばれてきました。
特に大盛りを注文したわけではないのですが、丼いっぱいににゅうめんが盛られ、にんじんや葱などが彩りを添えます。
いかに暖かいとは言っても12月ですからそれなりに寒さも感じていたのですが、このにゅうめんを食べて体が温まりました。

庫裏内から見た外の景色

考えてみると、重要文化財の中でにゅうめんを食べるなど、なかなかできない経験ではないでしょうか。
500年近くも前から存在している建物の中でお茶をすすり、沢庵和尚が考案したと伝えられている沢庵を口にしながら、そんなことを考えてしまいました。

いつの間にか近くの机で調理の女性が長岳寺の小冊子を折る作業をしています。
食事を終えて礼を言い、外へ出ようとする背中に「そろそろ寒くなるから」という気遣いの言葉が聞こえました。

庫裏側から見た門

門はやわらかい太陽の光に包まれています。
紅葉を見るために出掛けてきたのですが、随分と予想外の楽しみがあり、十分に満足できました。

柳本駅に戻ると、すぐ前に電車が行ってしまったらしく30分ほど待たなければいけないことがわかったので、改札口とは反対側のホームに渡る階段から長岳寺の方を眺め暇をつぶしました。
そして、奈良駅に戻ったら、紅葉ではないもう一つの朱を求める気持ちになっていました。

柳本駅から見た長岳寺方面の景色

(執筆:む)

【2008.12.22 Monday 08:05】 author : 丹青堂スタッフ
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長岳寺の紅葉

紅葉越しの長岳寺本堂

大門をくぐり抜けて先を行くと、左手に長岳寺拝観のための受付が見えてきます。

長岳寺への参道

近くにあった案内板には、次のように書かれていました。

長岳寺の案内板

釜口山長岳寺


この寺は淳和天皇の勅願によって天長元年(八二四)六月に空海(弘法大師)が開基したと伝える真言秘法の大道場として知られかっては本堂の外に五重塔、十羅刹堂 真言堂、経蔵、宝蔵、愛染堂、大師堂、宿堂及び寺中坊舎四二坊、外客坊、浴室などがあった。
普賢院記録によれば嘉禄元年(一二二五)八月十二日西大寺の中興、興正菩薩が当寺別院律家霊山院の静慶に不動弥陀胎蔵秘道場観を受けている。また正中年中には奈良興福寺大乗院門跡の聖信、明応年中には同門跡慈尋がそれぞれ本願となっている。
中世には広大な寺領を有し、室町時代の乱世には楊本氏の外護に預かったが、応仁の乱 また文亀三年(一五〇二)二月の兵乱に仏閣は炎上、天正八年(一五八〇)の指出にさいしては高三百石であったが、秀吉の時に寺領を没収された。しかし慶長七年(一六〇二)八月徳川家康は由緒を尋ね寺禄百石を寄せ境内地四五町歩を附し、以来朱印地として明治維新におよんだ。この寺も維新の変革で廃絶におよばんとしたが、民間に深く根ざした大師信仰によって寺運をとりもどし今日に至っている。
現在、長岳寺には平安時代の楼門、同時代の造像銘のある本尊阿弥陀三尊像と旧地蔵院本堂、庫裏、五智堂、大門などの外、鎌倉時代の石仏等がある。

長岳寺の受付にいた猫

受付では猫が毛繕いをしていました。
小冊子を受け取り、まずは重要文化財となっている鐘楼門をくぐって境内に。
左に本堂、右に放生池があり、まだまだ紅葉が色づいていました。

長岳寺の鐘楼門

放生池の脇にある道を歩き、境内を散策しながら紅葉の艶やかな彩りを楽しみました。
赤・紫・黄に染まった落ち葉が散り敷かれる地面は静かな境内の雰囲気とも相まって、とても情緒のあるものです。

紅葉のじゅうたん

ぐるりと回ると見ることができる石像は、弘法大師の像です。
拝堂にも「弘法大師」の文字が見えました。

弘法大師の像

長岳寺の拝堂

拝堂から本堂方面に戻るための石段には紅葉の門があり、目を楽しませてくれました。
石段の脇にあるのは、地蔵石仏です。

石段と紅葉の門

本堂の前に戻り中を覗いてみると仏像が見えました。
ここには阿弥陀三尊(勢至菩薩・阿弥陀如来・観世音菩薩)や多聞天・増長天等の仏像が安置されていますが、これらは藤原時代の作で重要文化財となっています。
そうした優れた美術品をごく間近に見られるのも、この長岳寺のいいところです。

長岳寺の本堂

また、たまたま狩野山楽の筆になる「極楽地獄図」も展示していました。
これは9幅の掛軸からなる巨大な作品で、観る者を圧倒します。
本来は11月30日までしか公開されていないらしいのですが、なぜか12月に入った今回の訪問時も公開されていました。

長岳寺の紅葉

本堂に団体らしい観光客がたくさんやって来たので、外に出て再び紅葉を楽しみました。
塀では受付とは別の猫がまどろんでいました。
暖かく静かな日でしたので、無理もありません。

塀でまどろむ猫

ここからは、長岳寺の紅葉をたっぷり楽しんでください。

長岳寺の紅葉1

長岳寺の紅葉2

長岳寺の紅葉3

長岳寺の紅葉4

長岳寺の紅葉5

長岳寺の紅葉6

長岳寺の紅葉7

長岳寺の紅葉8

長岳寺の紅葉9

長岳寺の紅葉10

長岳寺の紅葉11

長岳寺の紅葉12

長岳寺の紅葉13

長岳寺の紅葉14

長岳寺の紅葉15

長岳寺の紅葉16

長岳寺の紅葉17

長岳寺の紅葉18

長岳寺の紅葉19

長岳寺の紅葉20

長岳寺の紅葉21

(執筆:む)

【2008.12.18 Thursday 12:46】 author : 丹青堂スタッフ
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